門田睦雄(昭和40年卒)
皆さんは「加速器」を知っていますか?それは電子や陽子のような荷電粒子を、電磁場を使って加速するもので、素粒子物理学の実験などに使われます。最も身近なのは液晶の前の世代のテレビに使われていたブラウン管(CRT)で、電子を加速してガラス面に塗った蛍光物質に当てて発光させます。素粒子実験で使う加速器はこれをずっとずっと大型にし、荷電粒子を光速近くまで加速して、ターゲットにぶつけたり、逆方向から互いに衝突させたりします。そしてその時に発生する現象を観測し、物質の根源を究明するのです。日本ではKEK(高エネルギー加速器研究機構)や、理化学研究所が多数の大型加速器を持ち、これを使って実験しています。
一方、放射光は加速された電子が曲がるときに発生する電磁波のことで、シンクロトロンという加速器で発生するため“シンクロトロン放射光”とも呼ばれます。これは加速器の本来の目的とは異なる派生物なのですが、非常に明るい光であるため、きわめて微細なものを見る手段として有効です。放射光施設はこの派生物の方を主目的とした施設で、リング状の加速器から発生するこの放射光ビームを何本も擁し、その一本一本が超高性能電子顕微鏡だと言えば分かり易いでしょうか。
参考:佐賀県鳥栖市放射光施設ホームページ
日本は世界でも多くの放射光施設を擁す国で、KEKのフォトンファクトリー(PF)を筆頭に、数カ所に中小の施設があります。九州には佐賀県の鳥栖に小型の施設があります。もう四半世紀前になりますが、私は世界最大の放射光施設SPring-8の建屋を設計しました。それは西播磨にあり、直径500m、一周1600mもある巨大な施設で、硬エックス線と言われる領域では今でも世界最高性能を有しています。
今度担当したのは、軟エックス線と言われる領域で世界最高クラスの明るさを目指す中型の放射光施設で、仮称「次世代放射光施設」と呼んできました。愛称は既に決まっているようですが、まだ発表されていません。建設場所は仙台の東北大学青葉山新キャンパスで、便利な場所なので幅広い利用が期待されています。施設は長さ約250mの直線状の加速器棟と、直径約170mのリング状の加速器棟からなり、加速器棟にはリング状加速器トンネルの周りに最大28本の放射光ビームを設置できる実験ホールがあります。延べ面積は約25,000㎡で、およそ東京ドームくらいの広さ(投影面積)です。
次世代放射光施設建設の様子:光科学イノベーションセンター ホームページより
加速器施設は加速器そのものと、それを収納する建屋が一体となって初めて機能を発揮する複合体で、設計過程では加速器科学者や放射光ビームの科学者と入念な打ち合わせを重ねました。建物として最も難しいのは、これだけの大型施設でありながら、ミクロン単位の変位・変形制御とサブミクロン単位の振動制御が必要なことです。これらに影響するのは外力だけでなく、0.1℃というようなちょっとした温度変動も加速器に有害な伸び縮みとなって現れますし、風やモーターなどの振動は建屋にも微細な振動をもたらします。建物が出来てしまってから許容値を超える変形や振動が発生しても、多くの場合はもはや打つ手が無く、あっても膨大な費用がかかります。従って設計段階でこれらの要因を徹底的に排除する訳ですが、これに大変な神経を使います。
コロナ禍の中でのこんな努力の後、この3月ようやく建物の完成にこぎつけ、今は加速器の据え付けを行っています。アラインメントという加速器の精密な位置合わせと、電気や冷却水の接続と調整の後、試験運転を行い、2023年度には運転開始の予定です。科学者はもちろん産業用にも役立つため、企業の研究者も完成を心待ちにしています。この施設は東北地方初の放射光施設であり、東日本震災からの復興のきっかけとしても期待されています。
実験ホール:現在は据え付け前の加速器のパーツが並ぶ。加速器を加速器トンネル(画面右の白黒の壁の向こう)内に設置した後、この実験ホールには黒く塗った目盛りのある黒い壁から放射光ビームラインが何本も出てきて、「超高性能電子顕微鏡」が並ぶ実験の場となる。
ビームライン配置図:実験ホールには図のようにビームラインが順次設置される。当初10本で、最大28本設置可能。 量子科学技術研究開発機構ホームページより
シンクロトロン加速器:リングトンネル内に設置中の状況(2022年5月) 量子科学技術研究開発機構HPより
以下はNHKが2021年12月に放送した当施設紹介の画像版です。興味ある方はご覧ください。
以上
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